第1章のうちの最初の小項目(1.1 社会背景の明確化)について、さらに具体的かつ丁寧に解説いたします。前回までに述べたポイントをベースに、「なぜここが重要なのか」「どんなデータや文献を引けばよいか」「どのように書き始めればスムーズか」を細かく掘り下げていきます。
1.1 社会背景の明確化
1.1.1 なぜ「社会背景」が重要なのか
論文(とくに卒業研究・修士研究)の冒頭で示す「社会背景」こそが、あなたの研究が世の中にとってどんな価値を持つかを示す最初の舞台です。ここが不十分だと、「なぜこの研究をしなければならないのか」が読者(査読者)に伝わらず、研究の必然性や意義が見えなくなってしまいます。
学術的テーマであっても、社会との接点や応用可能性、あるいは現代社会が直面している課題などに紐づけることで、読者の理解と共感を得られます。
1.1.2 書き方の全体像
- **社会的な大きな問題(マクロな視点)**をまず提示
- 「エネルギー問題」「人口問題」「環境問題」「経済的課題」「先端技術のボトルネック」など、今の世界・社会が直面する大きなテーマを、なるべく統計データや公的報告書を引用して示す。
- (例)「国際エネルギー機関(IEA)の報告によれば、世界のエネルギー需要は年率2~3%で増加しており…[1]」
- もう少しテーマを絞り込み、研究分野に関連づける
- 上記のマクロ課題に対して、「では具体的に何が問題なのか?」「どの領域に当てはまるのか?」を論じる。
- (例)「特に火力発電分野では、高効率化が急務であり、そのためには燃焼現象における高温域のメカニズム解明が不可欠である[2]」
- 数値・根拠・グラフを使う(必要に応じて)
- 読者がひと目で「これは本当に深刻(もしくは重要)だ」と理解できるよう、客観的データを提示。
- (例)「図1-1に、近年のCO2排出量推移を示す。横軸は年、縦軸はCO2排出量(×10^9 t)であり、2010年以降の急激な伸びが見られる[3]。」
- 「だからこそ、解決が求められている・解決に寄与する研究が必要」とまとめる
- 最後に「この社会背景を踏まえ、本研究では○○に着目する」と、読者を次の研究背景(1.2)や研究の核心へ誘導する。
1.1.3 具体例の書き方
以下に、実際の文章のサンプルを示します。あくまでイメージですが、どのようにデータを織り交ぜるかの参考にしてください。
(書き出し例)
近年、世界規模でのエネルギー需要の増加が深刻化している。国際エネルギー機関(IEA)の報告[1]によれば、2030年までにエネルギー需要は現在の1.5倍に達する見通しである。これに伴いCO2排出量も増加傾向にあり、気候変動問題への影響が一段と懸念される状況だ。(具体的データを挿入)
例えば、日本においても、総発電量の約80%を火力発電が占めるとされ[2]、その高効率化やCO2排出削減は喫緊の課題となっている(図1-1参照)。このような社会的背景の下、燃焼過程における高温域の反応制御技術の確立が求められている。(課題提起へブリッジ)
しかし、高温域の燃焼現象には依然として不明確な点が多く、特に反応速度や熱流束の評価には曖昧さが残る。本研究では、これらの曖昧さを解消し、より高効率な燃焼プロセスの実現に向けた基礎的検討を行う。
ポイント
- 引用文献番号をつける([1], [2], [3]など)。
- 数値(1.5倍、80%など)を具体的に入れることで、読者が「確かに無視できない課題だ」と感じる。
- 社会背景パートの最後で「この問題に取り組む必要がある」という論理の流れを作る。
1.1.4 注意点とNG例
- 個人的興味だけで終わらせない
- 「面白そうだからやりたい」「好きだから研究する」というモチベーションは大事ですが、論文としては社会的な意義を説得力ある形で示さないと、査読者は納得しにくい。
- データや文献なしの主観だけ
- 「エネルギー問題は大変だと聞いた」とか「環境は大事だと思う」レベルで止まると、読者は「根拠は?」と思う。必ず具体的報告書・論文・新聞記事などを引用して補強する。
- あまりに長すぎる
- 社会背景を延々と10ページ書くのも考えもの。1〜2ページ程度で論文全体とのバランスを考え、次の研究背景(1.2)へ繋げる。
- 過度に政策論に走りすぎるなど、本論と乖離しないよう注意する。
- 禁止ワード乱用
- 「わかる」「考えられる」などは避け、事実を述べる段階では「報告されている[文献番号]」「示唆されている」「明らかになった」といった客観表現を使う。
- まだ結果段階でないので「明確に実証された」などと言い切るのはやりすぎかもしれないが、「~と言われている」「~が指摘されている」などの文献引用形式で書くとよい。
1.1.5 どんな文献を引用すればよいか
- 学術論文(Review論文やProceedings)
- 国際ジャーナルや国内学会誌のレビュー論文に、社会背景がまとめられている場合がある。
- 例:「Review of Energy Outlook (2020)」など。
- 公的報告書・政府機関のデータ
- IEA、IPCC、経済産業省、文部科学省、WHO、各種白書など、信頼性の高い一次情報。
- 社会的インパクトを示すにはこうした公的機関の数字が有効。
- 専門書(教科書や新書など)
- 研究分野に限定した解説書で「エネルギー需給の現状」「医療費の推移」など詳細データを載せている場合がある。
- 学会のシンポジウム資料や産業レポート
- 企業や団体が出しているレポート(例:「○○産業レポート2023」)なども有用。ただし、信頼性や偏りに注意。
注意: ネット記事やブログだけを根拠にするのは避けたい。公的なPDFなど、できるだけ確度の高い情報源を選ぶことが査読評価で信頼を得るポイントです。
1.1.6 参考:査読評価の視点(ルーブリック1.1)
- 5点:定量的データ・公的報告書の引用が十分で、社会課題を具体的かつ論理的に提示している。読者が「大事な問題だ」と納得できる。
- 3点:一応社会的背景には触れているが、根拠データが少なく、やや抽象的。
- 1点:社会背景がほとんど示されず、個人的興味のみに終始。ほとんど引用もない。
まとめ:1.1 社会背景の明確化
- 論文の最初で、なぜこの研究が社会的に必要かを示すパート。
- データや公的文献を引用し、具体的な数値を掲げると信頼性UP。
- 大きな社会課題→その中での専門分野の位置づけ→「だから研究が要る」という流れで書く。
- 禁止表現(わかる、考えられる等)を避け、客観的な言い回し(「報告されている[文献]」「示唆されている」)を使う。
- 過度に長くならず、研究背景(1.2)や問題点の提示(1.3~1.4)にスムーズに繋げるよう文章を組み立てる。
こうして、1.1「社会背景の明確化」をしっかり書くことで、読者に「この論文は無駄ではない、社会的意義がある」とアピールできます。
次のステップ
1.2以降(「研究背景」や「先行研究の不足点」、そして「やるべき課題」へ)に進むときには、社会背景で示した大きな問題を徐々に研究テーマへフォーカスさせていきます。読者は「なるほど、こういう社会課題があり、そこに学術的意義があるんだな」と納得しながら読み進められるはずです。
以上が、第1章の最初の小項目(1.1 社会背景の明確化)をさらに丁寧に紡いだ形のガイドです。次の段階(1.2 研究背景と本質の提示など)でも、この社会背景を受けて「では学術的には何が核心となるのか?」を繋げるよう、ブリッジの言葉を意識してください。
1.2 研究背景(本質の提示・意義)
1.2.1 なぜ「研究背景(本質・意義)」が必要か
1.1「社会背景」では「大きな社会的問題や課題」を取り上げました。
しかし、論文は学問的・技術的なアプローチで問題を解決(あるいは新しい知見を得る)ためのものです。そこで、自分の専門分野や特定の研究領域において、何が重要であり、何が核心なのかを示す必要があります。
- **「社会背景」**がマクロな視点だとすれば、
- **「研究背景(本質・意義)」**はミクロな視点(具体的に研究分野で何が問題か)にフォーカスしていく段階
- 例:エネルギー問題を解決したい → 高温域燃焼プロセスのメカニズムを解明する必要がある
- 例:高齢化医療費増大を抑制したい → 医療機器の精度向上が不可欠 → そのためには○○の原理を詳しく検討する
読者に「なるほど、学問としてはここが大切なのか」と認識させることで、**「この論文ではパラメータをただ振るだけの研究ではなく、問題の本質を捉えようとしている」**と納得してもらえるのです。
1.2.2 書き方の全体像
- 研究分野やテーマの“核”となる理論・概念・技術を紹介
- 「燃焼現象においては反応速度と熱流束が主要な物理量である」
- 「AI診断モデルにおいては特徴量抽出アルゴリズムが鍵となる」
- といった形で、その分野の基盤となる要素や主要パラメータを提示。
- 先行研究や理論書などを引用し、学術的な意義を明確化
- 「文献[4]によれば、高温域での反応速度定数は従来モデルでは±20%の誤差があると報告されている。従って正確な把握が必須である」
- こうした引用を通じて、「実はまだ十分に解明されていない」「今後の研究が必要」などの文脈を作る。
- パラメータリサーチではなく、本質にアプローチする姿勢を示す
- 「本研究は装置の都合で適当にパラメータを変えるのではなく、○○と△△が主要因と考え、それらを厳選して比較・検討する」という書き方をする。
- 「パラメータリサーチに陥らない理由」として、「○○という要因が理論的にも支配的だと考えられている(文献[5])」など根拠を示すと説得力が高い。
- 社会背景(1.1)とのリンク
- 「1.1で述べた社会問題(例:エネルギー問題)を解決する上で、研究背景として○○分野の本質を解明することが急務である」と繋げる。
- 社会的視点 → 学術的視点 へのスムーズな橋渡し。
1.2.3 具体例の書き方
(1) 書き出し例
「エネルギー問題に対する高効率化」
火力発電や工業炉の高効率化を図る上で、燃焼現象の詳細な把握は極めて重要である。特に、高温域における反応速度や熱伝達挙動は、プロセス全体の効率を左右する主要因子として知られている[3]。文献[4]によれば、燃焼温度が1500Kを超えた領域で反応速度定数の誤差が大きく、最適運用の阻害要因となっている。
(2) パラメータリサーチではないことを強調する例
「2つの主要因に絞る理由」
なお、本研究では、反応速度定数kと熱流束qが特に重要なパラメータと考える。単に複数条件を網羅的に試すパラメータリサーチではなく、これら2つが学術的に支配的である根拠として、文献[5]や文献[6]での数値解析結果が挙げられる。これらの先行研究は、他パラメータが同程度であっても、kとqの変化が最終的な燃焼効率に大きく寄与すると報告している。
(3) 最後に意義をまとめる例
「学術的意義」
以上を踏まえると、高温域燃焼におけるkとqの詳細解明は、火力発電の高効率化のみならず、将来的なCO2削減策にも直結する学術的課題といえる。本論文では、2章以降でこれらの支配要因をモデル化し、実験・計算により妥当性を検証することで、燃焼効率向上への基礎的指針を示すことを目指す。
このように、研究背景を書く際は、(1) 研究分野における核となる要素を示す → (2) それがまだ十分解明されていないor理論的に大きな課題がある → (3) 本研究がそこに挑む意義という構成にすると論理が通ります。
1.2.4 注意点とNG例
- 抽象的に「研究が大事」と言うだけ
- 「燃焼は大事だと思う」といった内容では「何がどう大事か?」が伝わりにくい。
- 具体的に「温度や圧力がどのくらい大きく影響するか」「どの理論で議論されてきたか」など示す必要がある。
- パラメータリサーチを否定的に書くだけで、代わりの“本質”を提示していない
- 「パラメータリサーチではダメだ」と言うだけでは“で、何が本質なの?”となる。
- 「本質的な要因が○○であるため、それを掘り下げるアプローチをとる」まで書くこと。
- 社会背景とのブリッジがない
- 1.1で大きな話をしたのに、1.2で全く別の学術テーマに飛んでしまい、リンクが切れてしまうケース。
- 例:社会背景はエネルギー問題なのに、1.2でいきなりまったく無関係のAI手法の話になる…という流れの飛躍は読者を混乱させる。
- 引用不足
- 「〜という報告がある」と書くだけでは根拠が弱い。必ず「報告がある[文献番号]」という形で示す。
- 学術的に重要だと言うなら、「文献[7]や[8]」が有力にそれを示唆している旨を明記すると説得力が上がる。
1.2.5 どんな文献を引用すればよいか
- 専門的Review論文
- 1つの研究分野の現状や課題をまとめている総説。ここに「何が本質的か」がまとめられていることが多い。
- 主要な理論や方程式を提示した元論文
- 例:燃焼理論であればArrhenius式の論文や、レイリー・プラントル数などを最初に提示したクラシックな文献。
- 基本となる公式やモデルの出典を示すことで、学術的背景が伝わる。
- 専門書・教科書
- 大学院レベルの専門書に「燃焼反応の基礎」「○○方程式の概要」といった章がある。そこを引用することで学術的根拠を補強できる。
本節で挙げる文献は、のちの2章「仮説・モデル」の説明で再活用できる(「この文献で提示されている式(1)をベースに我々はモデルBを拡張する」など)。
1.2.6 参考:査読評価の視点(ルーブリック1.2)
- 5点:研究の本質と意義を、文献や理論を引き合いに具体的に提示し、パラメータリサーチでないことを明確化。読者が「なるほど、ここが学問の核心なのね」と理解できる。
- 3点:一応「研究背景」はあるが、なぜ本質かの説明が弱く、具体性に乏しい。
- 1点:研究背景らしきものが無く、「装置があったから実験した」程度に終わっている。
まとめ:1.2 研究背景(本質・意義)
- **社会背景(1.1)**で示した大きな課題を受け、「学術的・技術的には何が問題か?」をここで掘り下げる。
- 自分の研究分野で、どの物理量やどの理論が支配的か、先行研究の報告も交えて示す。
- パラメータリサーチに陥らないためのロジックとして、「○○と△△が本質的要因である根拠」を明確に書く。
- 引用文献を用いつつ、「実はここがまだ十分に検討されていない」「ここに大きな意義がある」と強調。
- この内容がしっかりしていると、後続の「1.3 先行研究の問題点指摘 → 1.4 研究課題」への流れがスムーズになる。
こうして1.2で「研究分野の核心」「学術的なアプローチの必要性」を描ければ、読者は「なるほど、この研究は社会課題にも関連し、学術的にも大事なテーマだ」と理解し、スムーズに1.3 先行研究の不足点や1.4 やるべき課題へ心の準備を整えることができます。
1.3 先行研究の問題点の指摘と不足点の抽出
1.3.1 「先行研究の問題点を指摘する」意義
研究論文において、先行研究は必ずしも批判しなくてはならないわけではありません。しかし、自分がどこを新たに検証/改良しようとしているのかを明確にするためには、過去の研究が何を達成して、何がまだ達成されていないかを示す必要があります。これが論文の独自性や必然性を際立たせるポイントです。
- ここでいう「批判」とは、ただ相手を否定するのではなく、事実に基づいた不足点を具体的に指摘すること。
- 「先行研究Aは低温域を詳細に扱っているが、高温域の検討が十分でない」などの形で「まだ残っている課題」を明示する。
読者(査読者)にとっては、あなたの研究が「先行研究の延長線上のどこに位置し、何を新しく切り開くか」を知ることが大切です。
1.3.2 書き方の全体像
- 先行研究を複数ピックアップ
- 1~2件ではなく、数件~十数件程度が望ましい(論文全体で50~100文献を引用するなかで、ここで主要な研究を厳選して論じる)。
- 代表的論文の要点を簡潔に要約しながら、文献番号を付ける。
- 各先行研究がどんな成果を上げたかをまず評価
- 「文献[7]では○○モデルを構築し、燃焼速度を±10%の精度で予測可能にした」「文献[8]では実験的に熱流束を計測した」など、ポジティブな面も含め、事実ベースで紹介する。
- どこに不足点があるかを客観的に指摘
- 「しかし、[7]は2000K以上の高温域は対象外であり、汎用性が不透明である」「[8]は単成分系のみ検討しており、混合ガスの場合は未検討」など、具体的に書く。
- 「〜が足りない」理由や根拠、例えば「実験条件が限られていた」「理論モデルに○○項が導入されていなかった」などを示す。
- 論文同士を比較しつつ、不足点を整理
- 代表的文献AとBを対比して、「Aは低温域に強いが高温域が不明、Bは広範囲を扱うがデータ精度が低い」など、“表1-1”のようにまとめてもいい。
- こうした比較表があると、読者は先行研究でどこがカバーされて、どこがまだカバーされていないかが一目で分かる。
- 総括として、「これらの不足点を解消するには○○が必要」という流れを作る
- 次の1.4(研究課題)に繋げるために、「先行研究を踏まえると、○○の検証がまだ不足している」「ゆえに本研究ではここに着目する」と宣言する。
1.3.3 具体例の書き方
(1) 先行研究の紹介例
文献[7]では、Arrheniusの反応速度式を拡張したモデルを提案し、温度範囲500K~1500Kで良好な再現性を示した。一方、実験的検証は限定的で、高温域(>1500K)については数値シミュレーションのみであり実測データとの比較がなされていない。
文献[8]では、高温域2000Kまでの燃焼挙動を実験により検討し、燃焼速度の定量化に成功している。しかし、こちらのモデルは単成分ガスを前提としており、実際の複合燃料混合下では誤差が大きいことが指摘されている[9]。
(2) 比較・対照しながら不足点を整理
以上のように、[7]は高温域のモデル化が不十分、[8]は複合燃料への適用が未検証という問題点がある。さらに、[9]では○○を考慮する試みがあるものの、燃焼圧力変動の影響が反映されていない。
これら先行研究はそれぞれ意義深い成果を残しているが、「高温域かつ複合燃料混合下での圧力変動」に着目した研究は見当たらない(図1-2参照)。したがって、高温・複数成分・圧力変動を同時に扱うモデル・実験が不足しているといえる。
(3) 総括として課題を洗い出す
よって、先行研究の蓄積にもかかわらず、以下の点が未解決のままである。
(1) 2000Kを超える高温域での実測が不足し、理論モデルとの対照が十分でない。
(2) 複数成分燃料の相互作用を考慮する拡張モデルが確立していない。
(3) 圧力変動を含む動的挙動を再現した検討例が限られている。これらの不足点を解消するため、本研究では○○に着目し、実験と数値の両面からアプローチを行う予定である。(→1.4に繋がる)
1.3.4 注意点とNG例
- 先行研究をあまりにも否定的に書きすぎる
- 「先行研究[7]はまるでダメ」と言い放つだけでは、読者が反感を持つかも。大抵は先行研究にも貢献があるからこそ論文として成立している。
- ポジティブな面も事実として認め、かつ不足点を具体的に指摘するスタンスが望ましい。
- 先行研究がほとんど挙げられていない
- 「自分の研究だけ独自にやります」と言われても、評価者は「他にもやっている人いたのでは?」と感じる。文献数の少なさは「リサーチ不足」と捉えられる。
- 特に修士論文などでは10本程度では全然少ないので、分野の主要研究を幅広くフォローする努力が必要。
- 抽象的な指摘で終わる
- 「[8]はイマイチ足りない」「[9]もダメでした」程度では具体性がゼロ。
- 何がどうダメか(例:温度範囲が狭い、混合ガスを想定していない、サンプル数が少ない…)を明示し、「だからこういう不足点がある」と論理づける。
- 文献間の比較がない
- 個々の先行研究をただ羅列するだけで、それぞれの関係が見えない。
- 「Aは○○、Bは××、Cは△△」と対照し、その上で共通の不足点を抽出する方が読者にとってわかりやすい。
1.3.5 どんな文献を引用すればよいか
- 主要ジャーナル論文・国際会議論文
- 既に多く引用しているかもしれませんが、この「1.3」パートでは、それらの中から特に問題点を浮き彫りにしやすい論文をピックアップ。
- レビュー論文の“考察”部分
- 大きなレビュー論文(総説)には「今後の課題」がまとめられていることも多い。それを引用して「課題として指摘されている」と書ける。
- 博士論文や修士論文
- 先輩たちがどのように不足点をまとめていたか参考になる場合がある。ただし、あまり引用しすぎると「学会の査読論文より信頼度が低い」可能性もあるのでバランスを取ること。
1.3.6 参考:査読評価の視点(ルーブリック1.3)
- 5点:文献を十分に精読し、それぞれの成果と不足点を具体的に示す。問題点の抽出が論理的かつ明確で、読者が「なるほど、ここがまだ解明されていないのか」と納得できる。
- 3点:先行研究はある程度紹介しているが、指摘が表面的で「どこが不足か」やや曖昧。
- 1点:先行研究がほぼ挙げられず、研究の不足点もはっきりしない。
まとめ:1.3 先行研究の問題点の指摘と不足点の抽出
- 先行研究を複数取り上げ、それぞれの成果と不足点を客観的かつ具体的に記す。
- 根拠のない全否定ではなく、どの条件や要因が扱われていないかなど、事実ベースで不足点を示す。
- 文献間の比較・対照表を活用すると、読者が「何が解決され、何が未解決か」を一目で把握できる。
- ここで浮き彫りになった「不足点」が、後の**1.4(研究課題)**へと繋がり、論文の必然性を高める。
こうして1.3をしっかり書くことで、あなたの研究が「どこを埋める存在なのか」を明確化できます。 読者は「なるほど、先行研究のAとBはこんな問題点があったのか。だからこそ、この論文で新しい手法や追加検証をする意義があるんだ」と納得し、スムーズに1.4「研究課題・解決すべき問題点の明確化」へと進んでいけるわけです。
1.4 研究課題・解決すべき問題点の明確化
1.4.1 なぜ「研究課題の明確化」が重要か
1.1~1.3で以下のことを行いました:
- 1.1 社会背景
- 世の中が抱える大きな課題やニーズを示す
- 1.2 研究背景(本質・意義)
- 学問的・技術的に何が本質か、なぜそのテーマが重要か
- 1.3 先行研究の不足点
- 具体的な研究論文を取り上げ、それぞれの成果と足りない部分を指摘
これらの流れを踏まえたうえで、最終的に「自分の研究がどの問題点を埋める/どんなギャップを解消するのか」を提示するのが1.4です。
- ここが曖昧だと、読者は「結局、この人は何をやりたいのか?」が分からなくなる。
- 逆にここが明確であれば、2章「仮説・モデル」、3章以降の具体的手法に入る際に「なるほど、この課題を解決するために仮説を立てるのだな」と納得しやすい。
1.4.2 書き方の全体像
- 先行研究の不足点を要約
- 1.3でいくつか論文の問題点を列挙したはずなので、それを**「つまり~がまだ解決されていない」**という形で再確認。
- 箇条書きでも、表でもよい。
- その不足点や問題点のどこに、自分の研究の余地があるか
- 「高温域の実測が不足している → 本研究ではここに着目して追加実験を行う」
- 「複数成分燃料のモデル化がない → そこで本研究では混合ガスを想定した改良式を導入する」
- というふうに、不足点A → 解決策A’ の対応表があると読みやすい。
- 研究課題としてまとめる
- 「したがって、本研究の課題は以下の2点に集約される:(1)○○の高温域計測、(2)△△の複数成分モデルへの拡張」
- こうした表現で**「やるべきこと」を明文化**。
- 後続の章(2章)へブリッジ
- 「これらの課題を解決するために、2章では仮説とモデルを提示し、3章で実験方法を述べる」
- “いざ、2章へ行きましょう”という合図を与える。
1.4.3 具体例の書き方
(1) 不足点の整理
1.3で論じた先行研究を総合すると、以下の点が未解明のままである。
(1) 2000K以上の高温域を実測・検証した事例が極めて少なく、理論モデルとの対比が不十分。
(2) 複数成分燃料を想定した包括的モデルが存在せず、実際の燃焼過程を完全には再現できない。
(3) 圧力変動を含めた動的挙動に関する検討が限定的で、定常条件以外への適用性が分からない。
(2) 自分の研究が取り組む課題
本研究では、これらの不足点を解決するために、以下の2つの課題を設定する。
課題A: 高温域(~2500K)までの反応速度計測と、その結果を反映した改良モデルの構築。
課題B: 複合燃料(CH4+H2 など)での実験・解析を行い、圧力変動も考慮したモデルを試作する。
(3) 締めくくり:研究の必然性と次章へのブリッジ
こうした課題A, Bを克服することにより、先行研究で指摘されていた高温域・複合燃料領域の不確定要素を大幅に軽減できると期待される。本研究はこれらの課題に取り組むことで、社会背景(1.1)で述べたエネルギー問題への一助をもたらすことを目指す。
2章では、これらの課題を解決するための「仮説」と「モデル」について詳説し、その後3章・4章で実験方法・結果を示す流れとする。
1.4.4 注意点とNG例
- 研究課題を「いっぱい実験する」「データを取る」などの作業目的にしない
- 研究課題はあくまでも**「ここが未解明だから」「先行研究で足りない要素を補うため」**という形で書くこと。
- 「実験たくさんする」「シミュレーション回す」では科学的課題の提示にならない。
- 文献の流用や過度な抽象表現
- 先行研究の不足点を何となくコピペのようにまとめると、具体性に欠ける。
- 「~が必要と思われる」「~が足りない気がする」だけで終わるのはNG。どの論文がなぜそこまでしていないかを明記してきた(1.3)ので、それを受けて簡潔にまとめる。
- 課題が多すぎて論文のスコープを超える
- やたら10個も20個も課題を並べると、どれに取り組むのか不明瞭に。
- 「本論文で取り組む課題」と「今後の課題」を分けること。
- 過度に欲張ると、後で果たせずに尻すぼみになる危険がある。
- 「と考えられる」を使って終わる
- 「課題を解消できると思われる」→読者は「それをやるかどうか曖昧…」と感じる。
- 「課題A, Bに取り組む」「~を目指す」と言い切る方が論理的で明確。
1.4.5 どんな文献を引用すればよいか
- 1.3で指摘した論文(文献)を再度参照
- 「文献[7]は高温域不十分、[8]は複合燃料想定なし → そこを課題として取り組む」
- このように、直前に論じた不足点がどれだけ重要か再度強調する文脈で引用するとよい。
- いわゆるロードマップ的な総説や白書
- 「○○分野では今後△△が求められている」とまとめられている資料。
- そこに書かれた大きな課題を「本研究が具体的に解決する」と述べることで、社会背景ともリンクする。
1.4.6 参考:査読評価の視点(ルーブリック1.4)
- 5点:1.3で示した不足点・問題点を踏まえて、「本研究はここを解決/補完する」という対応関係が明確。読者が「この研究がまさに必要だ」と思える。
- 3点:研究課題をそれなりに述べているが、先行研究との繋がりや必要性がやや弱い。
- 1点:研究課題について言及がほぼないか、単に「実験します」「解析します」と作業的な目標だけ記載している。
まとめ:1.4 研究課題・解決すべき問題点の明確化
- 1.3で指摘した先行研究の不足点を、短く再整理し、自分の研究が埋めるべき課題として具体化する。
- **「課題A, B, C…」**のように項目を立てると読み手にも明快。
- ここで定義した課題が、後に2章「仮説・モデル」や3章以降の方法論へスムーズに繋がる。
- 曖昧表現や作業目的に終わらず、「○○が不明だから自分がやる」という科学的必然性を示す。
- この部分が論文全体の必然性・独自性を大きく支えるため、適度に引用を絡めながら丁寧に書く。
次の章へ
これで第1章:社会背景・研究背景・問題点の提示が完成し、社会的課題 → 学術的背景 → 先行研究不足点 → やるべき課題という一貫したストーリーができあがります。
読者は「なるほど、こういう問題を解決するための研究なんだ」と理解でき、**2章「仮説・モデルの提示と目的の整理」**へ期待を持って進めるわけです。
この1章がしっかりしているほど、論文全体の評価(特にルーブリック1.1〜1.4で合計20点満点)が高くなるうえ、読者が興味を失わずに読み続けてくれます。ぜひ、不足点の具体性と課題設定の明確さを重視して執筆してください。