以下では、「第2章:仮説・モデルの提示と目的の整理」を、前章(第1章)同様に丁寧に紡いで解説します。
1章では「社会的・学問的背景」から「先行研究の不足点」までを示し、最終的に「研究課題」を明確化しました。
2章では、この研究課題を「どのような仮説」で捉え、「どんなモデル」を構築し、さらには「研究目的をどう設定するか」を読者に示します。ここが論文の核心ともいえます。
※ 論文の構成としては、この章は、1章に含まれます。以後、論文と教科書とは、章がズレますので、ご注意ください。
本章の狙い:
- **研究課題(1.4)**を解決するために、**どんな仮説(Hypothesis)**を設定するのか。
- その仮説を検証するために、**どんなモデル(Model)**を用意するのか。
- 結果として、研究の大きな目的や目標をどのように定義するか。
- 1章の問題点とこの章の「仮説・モデル・目的」がしっかり対応しているか。
これらを明確に書くことで、読者は「なるほど、こういう仮説を検証したいから、この論文ではこんな方法(3章以降)を使うんだ」と理解できるわけです。
2.1 仮説の設定の明確さ
2.1.1 なぜ「仮説の設定」が重要か
研究課題(1.4)で「何が未解明か」「どういう課題を解決したいか」を提示しました。しかし、ただ「課題をやる」と言うだけでは論文としての筋道が弱い。学術的には、「○○はこうなっているはずだ」「××が主要因であるはずだ」という仮説(Hypothesis)をまず掲げ、それを実験や理論モデルで検証するのが一般的です。
- 仮説は、論文全体の**“軸”**となります。
- ここで仮説を明確にしないと、後の考察や結論で「何を立証できたのか」が曖昧になる。
(仮説のイメージ)
- 「2000Kを超える高温域でも、表面吸着効果が燃焼速度の主要因となるはずだ」
- 「多数の欠陥を含む材料でも、結晶子サイズが100nm以下ならば強度が向上すると考えられる」
- 「AI診断モデルにおいて、特徴量AとBが主要因子として精度向上に寄与すると予測できる」
2.1.2 書き方の全体像
- 課題A, Bがあるなら、それを解決するための仮説をそれぞれ書く
- 1.4で示した2つの課題があるなら、「仮説1:〇〇はこうである」「仮説2:△△が支配的である」等で整理する。
- 文献を引用して、仮説に至る根拠を補強
- 単に「こう思う」ではなく、「先行研究[5],[6]から推測される」「理論的には○○式でそう示唆される」と書く。
- 言い切り(ただし検証前なので多少推定の形でも可)
- 結果・考察ほど強い言い切りはしにくいが、「○○であると仮定する」「〜と予測できる」と積極的に提示する方が論文的には明快。
- 曖昧表現「と考えられる」のコントロール
- 序論や仮説提示の段階なら「〜と考えられる」も最低限なら許容されるが、根拠を添えよう。
- (例)「文献[7]で示唆されたように、複数成分燃料では高温域こそ反応に大きな影響を与えると考えられる」
2.1.3 具体例の書き方
(仮説の提示例)
1章で示した課題A(高温域の燃焼速度計測の不足)を解決するため、本研究では「高温域(>1500K)でも表面吸着が主要因となり、反応速度を左右する」という仮説を立てる。文献[7]によれば、低温域ではすでに表面吸着効果が確認されているが、高温域では十分に検証されていないため、同様のメカニズムが働くと推定できる。
また、課題B(複合燃料モデルの未確立)に対しては、「複数成分の組成比が変わっても、圧力変動を含めた動的モデルなら主要寄与を一括して評価可能である」と仮定する。これも文献[8],[9]で指摘される複数成分ガスの挙動を踏まえ、そこに圧力項を加味することで説明できると考える。
ポイント
- 「〜であるはずだ」「〜と仮定する」という形で一種の宣言をする。
- 「複数成分でも大丈夫そう」と書くのではなく、「複数成分ガスでも主要寄与を評価可能である」と強めに書く方が印象がはっきりする。
- ただし、**“これを今後検証します”**というニュアンスを読者に伝えたいので、根拠となる文献を挙げたり「〜と推測される」など補足するのもOK。
2.1.4 注意点とNG例
- 「なんとなく仮説」
- 読者が「根拠は?」と疑問を持つ。最低限、先行研究や理論式などの下支えを入れる。
- 「と考えられる」を濫用
- 仮説提示段階で多少は仕方ないが、あまりにも「考えられる」を連発すると弱々しい印象に。
- 作業目的と混同
- 仮説は「実験データを取ったら何かが明らかになる」「測定してみないと分からない」ではなく、「〜という現象が起こる/〜が主要因だ」という学術的主張にする。
2.1.5 引用すべき文献
- すでに1章や1.3で言及している論文
- 「A論文はこうだった → だからこの仮説が成り立つかもしれない」と繋がる。
- 理論的根拠を提案したクラシック論文
- Arrhenius式、Langmuir-Hinshelwoodモデル、AIアルゴリズムの元論文など。
- 仮説に使う要素は元論文を引用しながら書くと学術的に信頼度が増す。
2.2 仮説の検証モデルの提示と妥当性の説明
2.2.1 「仮説の検証モデル」とは
仮説を立てたら、それをどう検証するかが勝負です。
- モデルとは、数式モデル・概念モデル・シミュレーションフローなど、仮説が正しいかを試すための具体的枠組みです。
- ここで**「モデルを組む理由」や「モデルがどのように仮説と対応するか」**を説明することが大事。
2.2.2 書き方の全体像
- モデルの概要
- 「モデルBでは反応速度式に表面吸着項を加えた」「離散要素法で圧力変動を再現するフロー図を図2-1に示す」など、ビジュアルに示す。
- 妥当性や先行研究との比較
- 「既存モデルA(文献[10])を拡張した」「Bと違うのは○○項を新たに導入した点」など差分を示し、なぜ**“これで検証できる”**かを論理づける。
- このモデルで仮説を検証できる仕組み
- 「高温域への適用範囲は2000Kまで確認済みなので、仮説1の『表面吸着が主要因』を検証可能」
- 「複合燃料でも、組成比をパラメータ化することで課題Bに対処できる」
2.2.3 具体例の書き方
(モデルの概要例)
本研究では、文献[10]のモデルAをベースに、式(2-1)のように表面吸着に対応する項Sを追加した「モデルB」を提案する。図2-1にモデルの概略フローを示す。ここでSは温度Tおよび圧力Pに依存し、複数成分ガスの場合には成分比xiを引数として扱う。(妥当性の説明)
モデルAは1500K程度までの低温域を対象としたものであるが、近年の報告[11]によれば基礎方程式自体は高温域でも適用可能性が高いと示唆されている。本研究のモデルBでは、式(2-2)の形でArrhenius式にSを組み込むことで、課題Aで言及した「高温域での反応速度」を再現しうると期待する。(仮説との対応)
したがって、仮説1「表面吸着効果が主要因となる」は、モデルBによって温度Tと吸着項Sの相関を見ることで検証できる。また、複合燃料の成分比xiを変化させることで、課題Bにも対処可能である。
2.2.4 注意点とNG例
- モデルの名前や式だけ示して、なぜそれで仮説を検証できるかを語らない
- 読者は「このモデルで本当に検証できるの?」と疑問に思う。
- 「○○を加えたから高温域や複合燃料に対応可能」「〜のパラメータが仮説のコア要素と対応している」などを具体的に書く。
- ご都合主義的モデル
- 「自分に都合のいいモデルを勝手に作りました」で終わると評価されにくい。
- 先行モデルの欠点や限界を踏まえ、そこをどう拡張・改良するかを論じよう。
2.2.5 引用すべき文献
- モデルのベースになった元論文
- 「モデルA(文献[10])」など、必ずその出典を示し、どう改変したか説明する。
- モデルの妥当性を過去に一部検証している文献
- 「高温域への適用可能性を示唆している文献[11]」などがあれば、それを引用すると読者の納得度が高い。
2.3 研究目的・大きな目標の提示
2.3.1 「研究目的」とは
1.4で「課題」を示し、2.1~2.2で「仮説」と「モデル」を提示しましたが、最後に論文全体の“ゴール”を明示する必要があります。ここでは「本研究の目的は何か」「さらに社会的・学問的に大きな目標があるのか」を書きます。
- 1章末の「研究課題」とは区別して、「この論文として最終的に何を達成するか」をまとめる。
- 「課題A,Bを解決する」のが目的、と書いてもいいのですが、もう少し学術的成果として言い換えると読み手に伝わりやすいです。
2.3.2 書き方の全体像
- 「大きな目標」と「本研究の具体的目的」を区別
- 例:大きな目標→「高温域の燃焼モデルを確立し、CO2削減の可能性を拓く」
- 具体的目的→「モデルBを用いて1500K~2500Kの範囲で実測し、誤差±5%以内の予測を実現する」
- 仮説・モデルとの繋がりを表現
- 「仮説1,2を検証することで、目的を達成する」など対応づけを示す。
- 言い切りで宣言
- 「本研究の目的は、〜を解明し、〜に寄与することである」
- あまりボヤけた表現にしない方が論文的に明確。
2.3.3 具体例の書き方
(大きな目標と具体的目的)
本研究の大きな目標は、火力発電における高効率化に寄与する基礎データと理論モデルを確立し、社会背景(1.1)で示したCO2削減の一助とすることである。具体的には、以下の目的を掲げる:
- モデルBを実装し、高温域(1500K~2500K)の反応速度を実測データと比較して±5%以内の精度を実現する。
- 複合燃料(CH4+H2など)と圧力変動を考慮した解析を行い、実環境へ適用可能性の見通しを得る。
(仮説との対応)
これらの目的を達成するため、2.1で提示した仮説(1)(2)をモデルBによって検証し、妥当性を評価する。本章以降では、3章で具体的な実験・計算手法を示し、4章で結果を提示し、5章以降で仮説とモデルの有効性を考察する流れとなる。
2.3.4 注意点とNG例
- 「研究目的=実験データを集めること」
- データ取得は手段であり目的ではない。**「何を解明したいか」「どんな理論や仮説を確立したいか」**を目的として書く。
- 目的が巨大すぎる
- 「地球温暖化を止める」等だと論文スコープを超えている。あくまで基礎的研究として「〜に貢献する基礎を築く」と書くレベルが適切。
- 曖昧で測定不可能な目標
- 「複数成分に対応できるモデルを作る(どこまで?精度は?)」など曖昧だと読者が判断できない。
- ある程度「±5%の誤差」とか「1500〜2500Kの範囲」など明確にするとわかりやすい。
2.3.5 引用すべき文献
- 既に示した先行研究やレビュー論文
- 「[10]でも高温域を扱おうとしたが、精度±10%に留まった → だから本研究は±5%を目指す」
- 1章の社会背景を再度引き合い
- 「IEA報告[1]でCO2削減の必要性 → 本研究がそれに寄与しうる」と繰り返し書くと、社会的インパクトが際立つ。
2.4 目的とモデル・問題点との対応関係
2.4.1 「対応関係」とは
最後に2.4では、「1章で提示した問題点・課題」と2章で提示した仮説・モデル・目的がどのように結びついているかを総括します。
- ここが曖昧だと「問題点Aを解決するためのモデルはどれ?」「仮説は何に対応してるの?」と読者が戸惑う。
- はっきり対応関係を書き出すと、論文全体のストーリーが明快になります。
2.4.2 書き方の全体像
- **1章末の課題(A,B) × 仮説(1,2) × モデル(B) × 目的(1,2)**を対応づける
- 例えば簡易的な表を作成し、「課題A→仮説(1)→モデルB→目的①」「課題B→仮説(2)→モデルB→目的②」のように書く。
- 短くまとめ、次章(3章)へのブリッジ
- 「以上により、課題Aを解決するには仮説1をモデルBで検証 → 目的①を達成、課題Bは仮説2 → 目的②、という対応で論を進める。次章では実験・計算方法を詳説する。」
2.4.3 具体例の書き方
(対応表や対応づけ例)
下記の表2-1に、1章で示した主要課題A, Bと、それに対応する仮説(1)(2)、およびモデルBと研究目的(①②)を整理する。
課題 (1.4) 仮説 (2.1) モデル (2.2) 研究目的 (2.3) 課題A: 高温域 仮説(1): 表面吸着が主要因になる モデルB (式(2-1)) 目的①: ±5%精度で反応速度を予測し有効性を示す 課題B: 複合燃料 仮説(2): 圧力+複数成分項で再現可能 モデルB (圧力項) 目的②: 成分比変化に対応し、実環境への適用性評価 以上により、課題Aは仮説(1)を検証することで解決のめどが立ち、課題Bは仮説(2)をモデルBに組み込むことで対処可能となる。これらの目的①②を達成するには、3章以降で示す実験・計算手法によって妥当性を検証する必要がある。本論文では、このプロセスを順に示していく。
2.4.4 注意点とNG例
- 対応がバラバラ
- 「課題Aはどの仮説で検証するか分からない」「目的②がどの課題に対応するのか曖昧」などストーリーが崩壊する。
- 明確に対応表を作るか、文章で「課題A→仮説(1)→目的①」という形を記述する。
- 冗長に繰り返すだけ
- ここは「簡潔なまとめ」なので、2.1~2.3を再度長々と書くのではなく、全体像を俯瞰するひと言があれば十分。
2.4.5 引用すべき文献
- 基本的には2.1~2.3で示した文献を繰り返し参照し、**“どう対応しているか”**をまとめるだけなので、新たな引用は必須でない場合が多い。
- ただし、表やフローチャートに「このパラメータは文献[8]で重要と報告」など注釈を付けると読者に優しい。
まとめ:第2章 全体
2.1 仮説の設定
- 研究課題(1.4)に対して、「○○はこうである」と言い切る仮説を提示。
- 根拠として先行文献や理論式を引用し、「だからこの仮説を検証しよう」という姿勢を示す。
- 曖昧表現を抑え、「〜と仮定する」「〜を予測する」と主張。
2.2 仮説の検証モデルの提示と妥当性
- 仮説を実際に検証するための具体的モデル(数式、シミュレーションフローなど)を提案。
- 「既存モデルAに××を拡張」「モデルBを新規に構築」など、改良点や妥当性を明確化。
- なぜこのモデルで仮説が検証できるのか論理的に説明。
2.3 研究目的・大きな目標の提示
- 論文全体のゴールを宣言。「課題A,Bを通じて○○を解明する」「±5%精度を目指す」など、定量的・定性的目標を示す。
- 1章の社会背景とつなげ、「本研究が大きな社会的インパクトや学術的意義を有する」ことを強調。
2.4 目的とモデル・問題点との対応関係
- 1章の不足点/課題と2章の仮説・モデル・目的がしっかり結びついているか総括。
- 読者に「なるほど、この問題点を解決するために、この仮説とモデルを使い、この目的を設定したのだな」と納得させる。
次のステップ
これで第2章の「仮説・モデル、目的」の準備が整います。
続く第3章「実験方法・計算方法」では、実際にどういう手順・装置・パラメータ設定でこの仮説・モデルを検証するのかを詳しく書くことになります。
もし第2章で「仮説やモデルの内容」が曖昧だと、3章以降で「なぜこのパラメータをいじるの?」が説明しにくくなるので、しっかり根拠を立てた仮説とモデルを書き込んでおくことが大切です。
こうして2章を読み終えた読者は「OK、この研究はこの仮説((1)(2))をモデルBで検証し、目的①②を達成しようとしているんだな。どんな実験やシミュレーションをするのか、次章を見てみよう」と前向きな理解を持って3章へ進んでくれるはずです。