教科書

序章 科学とは何か

私たちの身のまわりには、自然現象から社会のしくみまで、実にさまざまな事象が存在しています。空を見上げれば雲が動き、季節によって気候が変化し、地上では動物や植物が生き生きと活動し、人々は日々の生活を送っています。このような世界を少しでも正確に理解したい、そして役に立つ形で知識を活かしたい――そうした「知りたい」「解き明かしたい」という意欲から生まれたのが科学という営みです。

1. 科学の定義と狙い

科学(Science) とは、観察や実験を通じて得られた事実を整理し、そこから理論や法則を導き、自然現象や社会現象を体系的に理解しようとする学問分野の総称です。語源的には「知識」を意味するラテン語 “scientia” に遡ると言われますが、単なる「知識の寄せ集め」ではなく、再現性(誰が行っても同じ現象が起こるか)、客観性(個人の思い込みではなく、データに基づいて判断するか)、検証可能性(仮説が誤りかどうかを観察や実験で確かめられるか)といった性質を重視する姿勢が特徴です。

科学が大切にしているのは、**「なぜ」「どのように」**という問いに対して合理的な答えを求めることです。日常の不思議な出来事から宇宙の成り立ちまで、あらゆる「なぜ?」に対して、ただの思いつきや推測だけでなく、実験データや論理的な推論を積み上げることで、できる限り確実性の高い説明を提供するのが科学の根本的な狙いといえます。

2. 科学の歴史的背景と発展

2.1 古代〜中世:自然哲学の時代

科学がいまのような形になる以前、人類は太古の昔から自然に対してさまざまな解釈をしてきました。古代ギリシャではタレスアナクシマンドロスといった人々が、神話的説明から離れて「水が万物の根源ではないか」「世界はこうだからこう動くのではないか」といった自然哲学を展開しました。彼らは必ずしも実験に基づいていたわけではありませんが、物事を説明する際に「理性による推論」を重んじる点で、後の科学思想の原点となりました。

中世ヨーロッパでは、キリスト教の影響のもとで自然哲学が継承され、神学との融合を図る試みがなされました。一方、イスラム世界では天文学や医学、数学が大きく発展し、ギリシャ語文献のアラビア語への翻訳を通じて、古代の知識を広く保存・発展させる役割を果たしました。

2.2 近代科学の誕生:観察と実験の重視

やがて15〜17世紀のルネサンス期に入ると、ヨーロッパでは芸術や人文だけでなく、自然研究にも新たな潮流が生まれます。とくにガリレオ・ガリレイ(1564–1642)の活動は画期的でした。彼は望遠鏡で天体を観察し、また斜面を使った落下実験を行うなど、観察と実験という手法を積極的に取り入れました。さらにアイザック・ニュートン(1642–1727)は、万有引力の法則や運動の法則を打ち立て、今日でも基礎とされる古典力学を完成させました。

このように、観察や実験によって実際に得られたデータに基づいて理論を導き出すというアプローチが近代科学の確立を促し、以後の自然科学の大きな飛躍をもたらします。**「経験や観測こそが真理に近づく鍵である」**という考え方は、今に至るまで科学研究の根幹として受け継がれています。

2.3 現代科学:多分野の急速な拡張

19世紀には電磁気学や進化論、19世紀末から20世紀初頭にかけては量子力学や相対性理論が登場し、物理や化学、生物学などがそれぞれ専門化・細分化の道を歩み出します。分子生物学や遺伝学の進展は医療や農学に大きなブレークスルーをもたらし、さらにはAI(人工知能)研究宇宙探査など、新たな領域も次々と生まれています。

科学の急速な発展は私たちの生活や社会構造を大きく変えました。今日ではインターネットやスマートフォン、人工臓器や遺伝子治療など、かつては空想上の産物だったテクノロジーが日常生活に溶け込み、もはやなくてはならない存在となっています。これは、先人たちが絶えず「なぜ?」「どうして?」と問い続け、科学的手法を用いて答えを探究してきた成果の積み重ねと言えるでしょう。

3. 科学の3大特徴:再現性・客観性・検証可能性

3.1 再現性

科学で得られた結論が「正しいかどうか」を判断する際、まず重視されるのが再現性です。ある現象が報告されたとき、それが同じ条件下で他の研究者によっても再度観察・実験され、同じ結果が得られるかどうかが重要となります。もし再現できなければ、偶然の産物か、あるいは測定や解釈に誤りがあった可能性が高まります。学術論文で「実験方法」や「結果」が詳細に記述されるのも、誰もが再現しやすいようにするためです。

3.2 客観性

もう一つの大きな柱は客観性です。どんなに優れた科学者でも、個人の先入観や偏見、思い込みが影響を及ぼす可能性があります。しかし、科学的手法を採ることで、主観をできるだけ排除し、データや実験結果という客観的根拠に基づいて判断することができます。これは、多くの場合、数値化や統計的手法の活用を通じて実現されます。

3.3 検証可能性

仮説や理論が「本当にそうなのか?」を確かめる行為を検証と呼びます。仮説を立てた研究者本人以外の第三者が同じ実験を行ったり、独立した手法で観察したりすることで、その仮説が裏づけられるかどうかを確かめます。この検証作業を繰り返し行うことで、理論の信頼度が高まり、「科学的に妥当」と見なされるようになるのです。

4. 科学と社会との関係

4.1 技術革新の原動力

科学が社会に与えるインパクトの多くは「技術革新」にあります。たとえば電磁気学の研究からは電気機器や情報通信技術が生まれ、量子力学の研究からは半導体やレーザー、トランジスタなどの基礎技術が発展し、今のデジタル社会を支えています。医学でも細胞生物学や遺伝学の成果がワクチン開発やゲノム編集などに応用され、私たちの健康に大きく貢献しています。

4.2 政策立案の根拠

公衆衛生や環境、教育、交通など、多くの政策分野で科学的知見が重要な根拠となります。たとえば、環境問題への対応を考える際には、大気中の二酸化炭素濃度や気温データなど、科学研究による正確な測定結果とその評価が不可欠です。科学的根拠に基づく政治や行政が求められることで、科学は社会に強い影響力を持つことになります。

4.3 社会への責任と倫理

一方で、科学の進歩が社会に負の影響をもたらす危険性も否定できません。原子力開発はエネルギー問題の解決策となる一方で核兵器の開発にも繋がり、遺伝子組み換え技術は食糧生産に寄与する一方で、生態系への影響が懸念される場合があります。科学者と社会は相互に責任を持ち、科学をどう利用していくか、慎重に判断する必要があるのです。

5. 科学の限界

5.1 科学が扱えない領域

科学は実験や観察による事実にもとづいて、論理的に物事を説明する方法ですが、価値観や倫理観、宗教的信仰などの領域に直接介入することは難しい面があります。たとえば「どんな人生が幸せか」「何を善とすべきか」といった問題は、科学の範疇だけで最終的な答えが出るものではありません。

5.2 未知領域の存在

さらに、科学技術がいくら発展しても、常に未知の領域が残ることは歴史が証明しています。かつてニュートン力学だけで世界が全て説明できると思われていた時代があった一方で、量子現象や相対性理論といった新たな視点が登場し、科学の地平は大きく広がりました。今後も新たな観測技術や理論が登場すれば、さらに未知の領域が解明されるでしょうし、同時にまた別の未知領域が浮かび上がることでしょう。

序章のまとめ

このように、科学は**「観察・実験によって得られた事実をもとに、客観的かつ再現可能な説明を試みる営み」**であり、その過程で仮説や理論を組み立て、検証を重ねることで知識体系を構築してきました。古代の自然哲学から始まり、近代のガリレオ・ニュートンを経て、現代ではAIや宇宙開発など多岐にわたる分野へと拡張を続けています。

一方で、科学は万能ではなく、限界も存在します。価値判断や倫理の問題、技術の負の側面、未知の領域など、科学だけでは答えを見いだせない問題が依然として多く残されています。しかし、だからこそ科学の思考法を身につけることが、私たちの人生や社会に大きな意義をもたらすのです。本書では、そうした科学的な見方・考え方の基礎や方法論を学ぶとともに、問題解決や社会応用の事例を幅広く取り上げます。

さあ、それでは次章から、具体的な科学的方法や問題解決のアプローチ、因果関係や相関の捉え方、そして倫理や社会への応用に至るまで、順を追って学んでいきましょう。科学がどのように知識を積み上げ、私たちの日々や未来に関わってくるのか――その道のりを一緒に探究していきたいと思います。

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