科学が「観察や実験による知見を基に、理論を組み立てていく営み」であることは序章でも述べました。本章では、その科学が具体的にどのように「知識を得て、検証し、体系化していくのか」を理解するために、科学的方法と呼ばれるプロセスを詳しく見ていきます。
1. 演繹法と帰納法
1.1 演繹法 (Deductive Method)
定義と概要
演繹法とは、あらかじめ与えられている一般的な原理や法則を前提として、そこから論理を積み上げ、個別の結論を導き出す方法です。数学の証明などによく使われる手法で、「前提が正しい」という仮定のもとでは、必ず正しい結論にたどり着くという特徴があります。
例:三段論法
- 前提1:「すべての哺乳類は肺呼吸をする」
- 前提2:「犬は哺乳類である」
- 結論:「したがって犬は肺呼吸をする」
ここで重要なのは、演繹法では前提が正しいと仮定した場合、結論の正しさが論理的に保証されるという点です。逆に、前提の妥当性が誤っていれば、どれだけ厳密な手順を踏んでも結論も誤りとなります。
長所・短所
- 長所: 論理的な確実性が高く、体系が厳密になる。
- 短所: 「前提が本当に正しいか」については別途検証が必要であり、演繹法自体は新たな知見を生み出すというより、既存の知識体系から帰結を演算的に取り出す性質が強い。
1.2 帰納法 (Inductive Method)
定義と概要
帰納法とは、個々の観察結果や実験結果から共通点を見いだし、それをまとめて一般的な法則や理論を導き出す方法です。「事実の積み重ね」から「より普遍的な結論」を得るため、科学における新発見・新理論の構築で広く応用されてきました。
例:「白鳥はすべて白い」という仮説
- この地域で観察した白鳥はすべて白かった
- 近隣の川や湖で観察した白鳥もすべて白かった
- → 「白鳥はすべて白いらしい」と一般化
帰納法の問題点としては、1万羽、10万羽と観察してすべて白くても、どこかで黒い白鳥が発見されれば「すべて白い」という主張は成り立たなくなることです。つまり、帰納法は常に反例が見つかれば仮説を修正しなければならないという不完全さを孕んでいます。しかしながら、科学の発展はこうした帰納的仮説に基づいて行われるケースが圧倒的に多く、反例との戦いの中で仮説を磨き上げていくのが基本的なスタイルです。
長所・短所
- 長所: 新しい法則を導く創造的なプロセスを含み、実際の観察・実験に根ざしている。
- 短所: 完全な確実性を担保できず、反例一つで覆る可能性がある。
2. 仮説の発見と検証プロセス
科学がどのように知識を得て発展していくかを体系化したものを、ここでは「仮説の発見と検証プロセス」としてまとめます。これは研究の現場だけでなく、私たちの日常生活の問題解決にも応用できる思考フレームワークです。
2.1 問題の発見
科学的探究の出発点は、**「疑問や問題を見つける」**ことです。身近な例では、「なぜ○○なのだろう?」と首をかしげることが研究のタネになる場合が多くあります。
- 例:ニュートンが「なぜリンゴは地面に落ちるのか?」という疑問から引力の研究を進めた話は有名です。
- 例:身近には、「植物はなぜ日光を求めて茎を曲げるのか?」なども立派な研究のテーマになり得ます。
2.2 仮説の提案
次に、その問題を**「こういう仕組みなのではないか」**という形で説明できるように、仮の答え=仮説を立てます。仮説は必ずしも正しい必要はなく、後で検証・修正できる形にしておくのが重要です。
- 例:落下の謎→「地球が物体を引き寄せる力が働いているのでは?」という仮説。
- 例:植物の向き→「植物の細胞が、光のある方へ成長速度を変えているのでは?」という仮説。
2.3 仮説に基づく予測
仮説を立てたら、**「もし仮説が正しいなら、これこれの現象が起きるはずだ」**という形で具体的な予測を立てます。ここが科学の大きな特徴であり、占いや思いつきと違って、検証可能な形に落とし込む必要があります。
- 例:落下の謎→「質量の異なる物体でも、同じ高さから落としたら同時に着地するはずだ」という予測。
- 例:植物の向き→「光源がある方向だけでなく、別方向から光を当てれば成長の曲がり方も変化するはず」という予測。
2.4 検証と評価
予測を元に実験や観察を行い、結果が仮説を支持するかどうかを確かめます。もし予測通りなら仮説は有力となりますが、まったく異なる結果が得られれば、仮説を修正するか、新たな仮説を立て直す必要があります。
- 支持される場合: 仮説の信頼度が高まり、後の理論へと発展する可能性がある。
- 支持されない場合: 仮説を捨てるか、要修正(別の要因を考える・実験手法を改良する)などのフィードバックが生じる。
2.5 理論化・法則化
多くの検証や他分野の知見とも整合が取れるようになった仮説は、理論や法則と呼ばれる段階に至ります。例えば、ニュートンの万有引力の法則は多数の天体運動や実験結果と矛盾せず、長らく物理学の基盤を築きました。
3. セレンディピティの重要性
3.1 計画外の偶然が導く発見
科学的探究は必ずしも計画通りに進むわけではありません。ときには、偶然の出来事が大きな発見のきっかけになることがあります。この「意図せぬ偶然の幸運な発見」のことを**セレンディピティ(Serendipity)**と言います。
- ペニシリンの例: アレクサンダー・フレミングが実験室の培養皿を放置していたところ、カビ(青カビ)が繁殖して細菌を殺していることを発見。ここから世界初の抗生物質・ペニシリンが開発され、感染症治療に革命をもたらしました。
- 導電性ポリマーの例: 実験の際の配合ミスが、思いもよらぬ電気伝導性を持つポリマーを生み出し、新素材開発の分野に大きく寄与。
3.2 偶然を捉える科学者の姿勢
セレンディピティを活かすには、「あれ、おかしいな?」「なんだろうこれ?」という観察力と好奇心が欠かせません。偶然を偶然のまま見過ごすのではなく、それを検討して体系的な発見に結びつけるところが優れた科学者の資質と言えます。
4. 実験的検証の具体例
4.1 ガリレオの落下実験
近代科学の礎を築いたガリレオ・ガリレイは、「重い物体ほど速く落ちる」という通説を疑い、ピサの斜塔で異なる質量の球を同時に落とすという実験を行いました。結果、ほぼ同時に地面に着くことを確認し、「重力加速度は質量によらない」という仮説を裏付けました。この研究は、後にニュートン力学の大切な土台となります。
4.2 メンデレーエフの周期表
19世紀ロシアの化学者ドミトリー・メンデレーエフは、既知の元素を性質や原子量順に並べたところ、一定の周期性があることに気づき、未発見元素が存在するはずだと予測しました。後にその元素が実際に発見され、メンデレーエフの予測は正しいと証明されます。周期表は今日でも化学の基礎として使われる強力なツールです。
5. 科学的探究のプロセス
ここまで述べてきた手法を整理すると、科学が知識を得る過程は大まかに以下のステップに分けられます。
- 観察
- 日常や研究の中で疑問や問題を発見する。
- 仮説の構築
- 現象を説明するための(検証可能な)仮説を立てる。
- 実験設計
- 仮説を検証する実験や観察の方法を緻密に計画する。
- データ収集と分析
- 実験や観察の結果を客観的に記録し、統計的手法などで分析する。
- 結論の導出
- 仮説が支持されれば次の理論化につなげ、反例が出れば仮説を修正または破棄する。
- 公開と再現
- 他の研究者による再現や検証を経ることで、知見の客観性と信頼性が高まる。
ポイント: 科学的方法は、直線的に一度通過して終わりではなく、反復的なプロセスであることが多いのです。実験結果によって新たな問題が浮上すれば、再び仮説形成へ戻り、試行錯誤を繰り返すことで、理論は練り上げられていきます。
1章のまとめ
本章では、演繹法と帰納法という2つの大きな推論手法を概説し、科学における新知見獲得の中心となる**「仮説→検証」**のプロセスを説明しました。そこでは、セレンディピティのような計画外の偶然的発見も、実は大きな役割を果たしています。また、ガリレオやメンデレーエフなどの歴史的事例は、この方法論がいかに科学の進歩を支え、既存の常識を覆してきたかを示す好例です。
私たちが科学的方法を正しく理解すると、**「どんな根拠にもとづいて、その理論が成立しているのか」**を見極める眼が養われます。また、日常生活でも、根拠のはっきりしない情報に踊らされず、「なぜそうなるのか?」「反証はあるのか?」を問う姿勢を持つことができるでしょう。
次章では、こうした科学的方法をさらに問題解決の文脈で応用する手法について、思考実験や計算機シミュレーション、直感的アプローチ(ヒューリスティックス)などと合わせて詳しく学んでいきます。科学の枠組みを使うと、どのように複雑な問題にアプローチできるのか――そこに注目していきましょう。